武士道とは道理とひとつになること。

騎士道とは正義とひとつになること。


男らしさとは紳士が基本。

女らしさとは才智が基本。







夏侯覇vs魏延!夏侯覇が討ち取ったでござる!



本多忠勝。

初陣の刻に先輩が「この首を持ってけば手柄だ

と言って持ってきたが。

「自分で捕らなければ自分を侮辱してしまう。」と最前線に参加。

見事首を参つほど討ち取った。


織田信長。

少年期はひたすら鍛錬の日々。

遊びながら仲間と切磋琢磨。

特に史実では馬術の鍛錬は欠かさなかったとある。

信長を「うつけ」などと迂闊にも侮ってしまった未熟な者達はそれはそれでよく。

のちに信長が「うつけの評判」を有効利用でき有利になった。

唯一、その時期では斎藤道三が信長の実力を見抜いており。

「美濃を信長に譲ってもいい」という遺言みたいなものは家臣に伝わり。

斎藤道三死後は斎藤家家臣が信長に味方したくなったのは見ての通りでした。


徳川秀忠。

少年期に勉学中、屋敷に暴れ牛だかが乱入。

どうやら秀忠は牛が自分を攻撃しないと見抜いていたようで。

気にせず読書を続行していた。

暴れ牛の動きを見切っていた可能性がある。


小山田信茂の部隊は武田最強と言われていた。


思いて学ばざれば則ち殆し。

それ学は通の為に非ざるなり。

窮して困しまず。

憂えて意衰えざるが為なり。

禍福終始を知って惑わざるが為なり。

(考えるだけではダメで、学んで行くことが大事。)


鞭声粛粛夜河を過る。

軍略では上杉謙信の方が一枚上手。

信玄の妻女山別働隊を逆に奇襲すると壊滅させられたが。

勝たなくていい戦でしたので。

引き分けに持ち込みました。

武田も上杉もお互い居ないと戦国時代が困るので。

先に気付いた謙信が示しました。


熊谷次郎直実の軍が敵を敗走させたが。

惜しい敵の大将が撤退していった為。

声をかけたがため。

敵の大将は引き返して熊谷次郎直実と一騎打ちし。

熊谷次郎直実が勝利して敵の大将を組み伏せたという。


趙雲。

三国志。

長坂の戦い。

劉備の子が敵中に残されてしまい。

追撃してくる曹操軍に構わず。

ひとりで捜索に行き。

夫人も見つけるが夫人は自害。

子を背中に背負いそのまま進路を塞ぐ曹操軍をひとりで薙ぎ払い。

敵陣を突破して見事に劉備のもとに帰還した。


関羽

三国志。

曹操が赤壁の戦いから敗走中。

再三に渡り待ち伏せしてきた劉備の手練れの最後に登場。

曹操の目の前に堂々登場。

関羽は曹操に劉備の夫妻を助けてもらった恩も。

客将として得待遇された恩もあったとのこと。

目の前の総大将である曹操が命乞いをすると。

たまらず関羽は曹操を見逃した。

指揮していた諸葛孔明は関羽の事をまだ知らなかったようで。

曹操を逃がしてしまった事を少々惜しんでいたようだが。

大計を大成功させたあと。

孫権軍から逃げたばかりでそれどころではなかった様子。


孟獲七縦七擒。

三国志/諸葛孔明。

西の部族勢力が反乱を起こした為。

討伐にて孟獲を捕らえたが。

諸葛孔明は自軍の配置を孟獲によく見せた上で釈放。

また孟獲は攻めてきたが孟獲はまた捕らえられて。

6回打ち負かされた孟獲は6回捕らえられ6回とも釈放され。

7回目でついに孟獲は服従した。


三国志。

黄忠。

長沙の戦い。

関羽と一騎打ちで1回敗れた際に関羽に見逃される。

城攻撃中に関羽を見つけ。

黄忠は矢を放ち関羽の帽子を射抜いたが関羽は無傷。

黄忠「見逃された借りは返したぞ。」

黄忠は三国屈指の弓の名手。

長坂の戦いでは夏侯淵と矢を射ち合って勝負した。


黄忠は劉備に仕えた勇将。



おまけ。

新ロロナのアトリエ。

ロロナとステルクの外出でクーデリアが加わったイベント。

ロロナのアトリエを撤去させようとしたのが国のお偉いさん。

その国のお偉いさんの味方の騎士は敵じゃないの?的な会話。

https://www.youtube.com/watch?v=dyqG8RZBacs

真面目で人格が高いステルクさんの潔さ。



サムライ歴史書。