普通の人への手紙。


あなたがたは。

自分は賢くない、自分に才能はないとおっしゃいました。

また、ご自身が有り触れた存在で良いとおっしゃりました。

実は、わたしはあなたがたに憧れているところがあるのです。

あなたは賢くないとおっしゃりましたが。

下手な賢者よりも賢いではありませんか。

才能が無いと言いつつ。

生きることに関して忠実ではありませんか。

才能に溢れて敗北してしまった方たちよりも。

好きに生きて、それでいながら簡単に生きられるあなたたちのほうが。

賢明に見えてしまいました。

賢くなくて、何も分からない、と言いつつ。

下手な賢者のように高慢にならず。

危険を犯して転落することもなく。

そのような賢いと思われている人よりも。

あなたがたは賢明でいらっしゃる。

賢い人は大きなことや凄いことを考えて。

夢想家になってしまいました。

わたしにとっては、あなたがたのほうが、生きることに関して参考になる気がします。

わたしは賢いから愚かになったのでしょうか?

いいえ。

そうした普通のことがきちんとしていない夢想家になってしまったのでしょう。

わたしは普通の人に賢明さを見つけ。

それを伝えます。

9月1日/桜花かなで。


普通の人への手紙A


普通の方々は現実に生きておられます。

ある種の賢い人々は、理想に生きています。

やはり賢明なのは、現実を受け入れ。

現実に生きる姿勢で。

普通の方々は現実の中に生きています。

優秀な人ほど、理想を語ってしまいがちで。

果たしてそれが素晴らしいことなのか。

疑問なのです。

日夜、賢き人々はいつか自分が称賛に値する人物になるとか。

賞状を持って公で褒め称えられるとか。

思っているのでしょう。

現実はそれを横目で見つめながら通り過ぎます。

わたしは何を言おうとしているのでしょうか。

現実に生きて存在する普通の人のほうが。

理想を求めて理想に消えていく優秀な人たちより。

賢明だと思うのです。

賢さと正しさは別の問題です。

今日も優れた人たちは理想を求めて歩きます。

それよりも日々、一生懸命働いている人々の姿に美しさを感じ。

理想を求め。

疲れ果てている彼らに憐れみを覚えたのです。

志とは時代がそれを求め。

歴史に託された人物が成すもので。

自分だけのひとりよがりな人には無縁の世界でしょう。

わたしには、彼らが虚ろに見えます。

普通のひとは生きるのが簡単です。

現実世界に存在しているからです。

優秀な人は生きるのが大変です。

理想の中に消えていくからです。

あなたがた普通の人には一生懸命頑張ったご褒美があるでしょう。

これは時代なのでしょうか?

いいえ。

時代がそれを必要としているのでしょう。

優秀な人が正しいのではなく。

普通の人のようにきちんと現実に存在することが大切で。

普通の人には現実しか見ないような賢明さがあると知ってしまいました。

普通の人には一理も二理もあります。

わたしはあなたがたに学ぶべきです。

9月1日/桜花かなで。


普通の人への手紙B


聖書では、神は強者より弱者を選んだ。

とあります。

そのままの意味ではないでしょう。

確かに強者はどんな場面でも有利です。

でもそれは、その力は自分が生きるためにあるではありませんか。

決して理想を求めるためにはありません。

かつてのベートーヴェンは、自分の才能を生きるために使いました。

優れた人たちは、自分の才能を自己満足のために使います。

普通の人たちは、自分の才能を生きるために使っています。

普通の人たちは現実に手に入るものすべてを得ます。

優秀な人たちは自分の持ち物に詳しくありません。

果たして、普通の人か、優秀な人か、どちらが良いのでしょう。

農園があります。

黄金の実を育てる農園と。

普通のリンゴを育てる農園と、どちらが良いのでしょう。

黄金の実は、たったひとつ、普通のリンゴは5000個採れます。

わたしは上々のリンゴを実らす、農園を取るでしょう。

黄金の実は、たったひとつだけ実り、数千万の富を得るでしょう。

わたしはおいしい実が好きです。

彼らは大きなことを抱くでしょう。

普通の人は、充分おいしい実を収穫します。

この時代は。

おいしい実を収穫する人々のものです。

そしてわたしは、おいしい実が好きです。

よくない時代と呼ばれるでしょうか?

絶対にそんなことはありません。

人々に必要なのはおいしい果実です。

時代に必要なのはおいしい果実です。

彼らは憐れむべきひとたちでしょうか。

きっと違うでしょう。

人々に必要なのはおいしい果実です。

時代に必要なのはおいしい果実です。

では。

おいしい果実を実らせるのが、この時代の正解なのでしょう。

優秀な人たちは、金色に輝く実を実らせようと、日々模索しています。

普通の人こそ、この時代に適応できる存在なのかもしれません。

なら、わたしにできることはおいしい果実を実らせ。

歴史に花を添えることでしょう。

普通の人は楽に生きることができます。

それは、時代がそれを求めているからです。

普通の人は祝福されます。

わたしはそれを手伝いましょう。

実は普通の人は時代に沿っている存在だと知ることでしょう。

その上で、強者はそれを助けます。

強者たちが。

普通の人たちが。

力を持って、自分の人生のために使うのなら。

わたしはやっとのことで笑顔になります。

普通とは劣っている意味ではなく。

良い意味で有り触れている、という意味なのです。

わたしは機嫌が良くなるでしょう。

普通の人よ。

ゆっくりと祝福を受け入れ。

聖潔に歩まれてください。

9月3日/桜花かなで。