教育批判〜批判という風がもたらす新たな教育の前兆〜

まず最初に。

学生さんは見ないほうがよろしいでしょう。

もし読んでしまったら。

学校に何かを見出すことで解決できます。

学生さんはブラウザの戻るボタンで引き返してください。


学校教育って授業からして見ても。

黒板に向かって。

半ば無意味にノートを取って暗記する。

それが1回40分。

一日中続く苦痛。

さらに酷いことに。

テストはすべてクイズになっています。

これでは苦になるばかり。

全体を通して。

無駄なことばかり教えますし。

生きることに役立たない情報ばかり得ます。

学校教育には自由が認められておりません。

なんでも強制。

従わなければ卒業資格を得られず。

就職に不利。

確かに論理力は上がるでしょうが。

それならもっと効率が良いやり方があります。

必要なことだけ教えれば。

中学二年までに。

大学までの学問をすべて習得させられるでしょう。

とても非効率なことを連発しています。

歴史上の偉人たちは。

現代の学校教育を受けずに。

読み書きだけ習ったような学で偉業を達成しています。

ある有名人は古本屋だけあれば充分だったと言っておりました。

あれだけのことを教えないといけないという考え方は。

言い換えれば。

そこまで能力の低い連中を育てているという意味になります。

学校教育は100パーセント正しくはありません。

これが正解だと言い張るあの態度は。

高慢でうぬぼれています。

学問は下の世界。

学術を教えない時点で。

学校教育は頭が悪いのです。

所詮は大衆教育ですし。

大衆向けの教育が合わない人も出てきます。

そのことを考慮せず。

全員が同じ力量だと思っているのでしょう。

わたしはそういうのを平民の教育だと思う。

ひたすら従うことが利口だと教えられ。

従わなければ落とすのですから。

野蛮さが明確にあり。

従う者と従わない者と分けているのです。

学校教育は所詮大衆向けの教育であり。

天才や偉人は学校教育を嫌味嫌うでしょう。

それでなお。

学校教育が正しいと言い張る。

愚かな人間たちの姿があります。

何も疑問を持たないのです。

おまけに。

学校で教わったことより。

きれものが執筆した良書のほうが。

多くのことを教えてくれます。

独学のほうが強いのです。

現代も歴史の1ページ。

学校教育もまだこの程度なのです。


いちばん酷いのは。

学校教育が唱える集団主義でしょう。

集団を絶対視する妄想を信じ。

烏合の衆に過ぎない集団の有り方を教えます。

社会はチームと組織です。

集団とはただ集まった人の塊です。

学校教育の集団主義は衆愚を意味します。

衆愚の1人が何を言っても。

頭が悪く愚かで。

笑われておしまいです。

雑兵の意見などすぐに捨てられます。

集団生活と言っても羊の群れですし。

ライオンが1頭飛び込めば。

羊の群れは全滅します。

その程度のもの。

人は集団を作っても弱いという現実があります。

全員同じだと思っているのでしょうか。

それは衆愚特有の考え方です。

学校教育なんて型にハメるだけ。

結局は凡愚を育成する機関であり。

凡愚特有の考え方を教えて染まっています。

頭が悪い。

というより。

卑しい身分の者はそれでいいのです。


そもそも集団なんて洗脳すれば終わります。

集団を洗脳すれば終了。

太平洋戦争の二の舞であり。

ただ従うだけの衆愚を手懐けるのは簡単なこと。

行き着いたのは。

学校教育が正解だと思い込み。

改良や発展をしない現代人の怠慢でしょう。

学校教育は批判されたことがないのです。

間違っているところが自分では分からないのです。

批判されないものは必ず腐ります。

批判は風。

風が入らない場所にはカビが生えます。

いまの学校教育にはカビが生えています。

頭の悪い連中はこの批判を認めません。

うぬぼれているからです。

そしてカビが生えます。

現代も歴史も1ページ。

学校教育もまだ幼稚な段階。

改良発展によって。

これからよくなるでしょう。

人間たちの信じているものはここまで頭が悪く。

子供じみているのです。


この批判の風は何をもたらすでしょうか。

わたしは事実を書いているだけです。

新しい教育はいずれ誕生し。

人は革新を得る。

これはその前兆です。