人は道徳的で平和的で。

正義を好みます。

建設的であり。

心を持ちます。

無益な争いを好まず。

自分の大切なもののために生きます。

人の本性は神であり。

人は幸福に包まれて。

この世界に住み。

神の祝福を受けます。

人とはこのような生き物であり。

神聖を持っているのです。


人間ではなく。

正式には「人」です。

ひらがなで「ひと」と書くのも正式な表現です。


「人間」は不正式な呼び方です。


「人」「ひと」が正式であり。

聖書でもそう呼ばれています。


人間は辞められますが。

人は辞めることはできません。


人は神を持つ。


人は神を持ち。

その本性すら神である。

やっていいことといけないことは。

そこから分かってしまうのが人です。


なぜ殺してはいけないか?

人だから。

ひとだから。

人とはそういう生き物です。

人はライオンではありません。


兵士?

兵士は神から与えられた仕事でしょ。

わたしは兵士ではありません。

ここは戦場ではありません。


人の血を流す者は自分も流される。

殺し合えば。

自分も殺される。

殺人の行き着く先は共倒れだと決まっていて。

必ず両者が何らかの形で死亡すると。

わたしは知っています。


人の血を流す者は。

人によって、血を流される。

(創世記9-6)




悪に憑りつかれる。

簡単に言いますと。

異常な状態に陥っている。


人は正常な状態というものがあります。

反対に。

人は異常な状態に陥ることがあります。


人は異常に陥っても。

自分で分からないことが多いですね。

運よく止まることもありますし。

転落する人もいます。

助けられる人もいます。


なぜ人を殺してはいけないか?

この問いをする者は異常な状態に陥っています。


人は異常に陥ることがある。

これを知っておけば。

助かります。



考えを読めても心は読めません。


神様は人の心を見てくださります。


人は優劣ではなく。

心なのです。




みんな。

人についてよく知らないし。

人についてよく学ばない。


たとえば。

人を支配すれば。

最後には自分も支配される。

こうして。

人について学んでいきます。


人に対して悪しき目で見る人は。

人について何も知らない。


わたしたちは。

人について。

よく知らないので。

過ちを犯したり。

人について間違った捉え方をしたり。

いろいろです。

いろいろあって。

人について学んでいきます。


どんなときでも。

人の心を見失わないようにしましょう。


人の心を忘れたら。

取り返しに出掛けましょう。



この世には正しい天のことわりがあります。


正しい天のことわり。

それを無視すれば。

自滅するでしょう。


正しい天のことわりは。

いかなる場合にも当てはまります。


それは人としてやっていいことですか?

よくないことですか?


相手が愚行をしています。

でも。

自分が愚行をするようになったら。

どうします?


相手が愚行をしていて。

むやみに非難したら。

自分が愚行をしたとき。

助けてもらえないでしょう。



思うのですが。

あなたは。

けだもののように生きる為に創られたのでしょうか?



神罰。

っていう言葉を。

知らないもんだからっ!!


人を苦しめれば。

最後には。

自分に返ってきて。

自分も苦しめられる。

この世はこういう仕組み。


神は、ひとりひとりに。

その人の行いに従って報いをお与えになります。

(ローマ人への手紙2-6)



神の義。

これを知ってください。


正しいとは。

言い換えれば。

「的を得ていること」です。


正しい。

とは弓道に似ています。

的を外せば正しくない。

的に当たれば正しい。


人がそれが正しいと主張しても。

神から見れば違うのです。

それを知ることが。

愚からの解放をもたらします。


何が正しいか?

ではありません。

「正しさ」について学ぶのです。

正しさを知るのです。


正しさは。

義に従うことによって。

はじめてもたらされる。


間違いとは?

正しいもの、または正常のものとくい違うこと。

そういう事柄。

辞書。


間違い。

とは理屈ではなくて。

正常ではないさまのこと。

正常が分からないのなら。

その人は正常ではない。


正常とは言い換えれば健康を意味します。

健康なものの見方が「正常」です。


正常な人とは?

健全な思考と言動。

行動ができる人のことです。




ありのまま。

と食い違っているのが「間違い」です。


間違いを犯す人物が最終的に勝てるようには。

この世は作られておりません。

神は正常ではない人物の行為を放置すれば。

世の中が地獄化しますので。

最初から間違いを通すようには。

造っておりません。



道徳は神聖なものです。


不道徳なおこないはしてはいけません。



何がなんでも。

自分が正しい。

という態度は。

自分は神であると主張し。

神のように振る舞う行為です。



責任転嫁とは?

自分の非を認めたくないので。

人のせいにして安心するという。

狡猾なワザである。

(卑怯)


責任転嫁しても。

責任から逃れられる。

なんてことはないのです。


責任転嫁しても。

言い訳は。

時に無視される。


相手が悪いから。

自分はこうなっているんだよ。

と自分の内面を顧みようとしない。

すごく深い意味での責任転嫁です。


責任転嫁とは自己弁護である。


人が人を裁くと。

正しいことにはならない。

そのうち分かります。

人が人を裁いた行き先は死です。


人を裁かなければ。

自分も裁かれません。

これは法則。


わたし達は実害に対処すればいいのです。

実害に対処することは自衛ですからね。



聖書。

箴言。

牧師/中川さん談。

怒りやすい人は愚かな人である。

知恵がある人は怒りを収めることができる。

正しい怒りもある。


怒りの唐辛子を1本受けたら。

唐辛子1本だけ返すのが。

正しい道です。


怒りたくないのなら。

気が晴れる程度に怒ればよろしい。

自分の気が済む程度に怒って済ませる。

これは賢い怒り方ですん。


怒り、怒る。

とは。

腹が立つ。

癪に障ってたまらない。

という意味。

怒りという言葉の意味を間違えています。


相手に嫌悪していて。

うまくそれを言い表せないのなら。

「あなたの愚かなところが嫌いです。」

と一言いえば。

すべて伝わります。



言葉の暴力と。

非難と。

批判と。

それらの区別がついていない。

なーんて人が。

少なからず居ます。


非難しているつもりで。

言葉の暴力を振るっている。

そんな人が。

少なからず居ます。


非難と。

言葉の暴力の区別が。

ついていないらしい。


言葉の暴力とは?

言葉を使って。

人を苦しめることです。




言葉には霊力があり。

一種神妙な働きをします。

健全な言葉を使いましょう☆


初めに、ことばがあった。

ことばは神とともにあった。

ことばは神であった。

(ヨハネの福音書1-1)




この世には。

正しい力の行使がある。


時に人は。

正しい力の行使と。

正しくない力の行使の区別を。

つけることができない。


自ら掴み取った力というものは。

自分の人生を豊かにするために。

得たのであって。

人を見下すためではないでしょうに。


否定ばかりして肯定しない。

肯定ばかりして批判しない。


否定ばかりすると危なくなる。

肯定ばかりすると進歩がありません。



イエスの言葉。

「さばいてはいけません。さばかれないためです。

あなたがたがさばくとおりに。

あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに。

あなたがたも量られるからです。


宗教的に。

「人を裁く」とは。

「不当に人を処罰すること」です。


権威は神によるもの。

ですから。

権威が人を裁いても。

良いのです。

あたりまえ。


なので。

個人間で相手を処罰すると。

裁判官ごっこになってしまう。

という意味でした。



人を裁きたいのなら。

正式な資格を持った第三者に依頼しなければ。

的を外してしまう。

裁判では。

和解前提で訴訟を起こす部門がありますので。

そこがいちばん良いですねー。


人を裁くとは?

相手を「自分の法廷」にかけてはいけない。

相手が悪いと思っても。

非難しない。

そうすれば自分も「他人の法廷」にかけられたりはしない。

自衛と実害への対処は。

「自分の法廷」に該当しないため。

許可される。

他のことは神が裁いて量ります。



人を裁いた結果。

相手の命の権利を自分が決めてしまうことになります。


(裁判官ごっこへの警告)

すべて他人をさばく人よ。

あなたに弁解の余地はありません。

あなたは他人をさばくことによって。

自分自身を罪に定めています。

さばくあなたが。

それと同じことを行っているからです。

私たちは。

そのようなことを行っている人々に下る。

神のさばきが正しいことを知っています。

そのようなことをしている人々をさばきながら。

自分で同じことをしている人よ。

あなたは。

自分は神のさばきを免れるのだとでも思っているのですか。

(ローマ人への手紙2-3)



また。

人を量ってもいけません。

人を量った秤で自分も量られます。

その人を判断してはいけません。

その人のすべてを知らず。

必ず私情を挟んで向き合うからです。

公正であれ。

人を判断せず。

普通に接しましょう。

そのほかのことは。

神が裁いて量ります。



復讐したいのなら。

自分で復讐してはいけません。

神に申請すれば。

正しい復讐が出来ます。

必ず成功しますよ。

復讐は神に従ってください。

復讐で道を誤ることなどありませんし。

逮捕されることもありません。

神に従って復讐をおこなってください。


敵は合法的な手段を取るでしょう。

でも。

オウム返しをかまして。

全く同じ攻撃をやり返せば。

元は合法的な攻撃ですので。

一方的に虐待できるのです。

目には目を。

歯には歯を。

不思議なくらい通ります。


人への恨みは。

別の方法で返すことができる。

ひとつの方法に限ってはいないのです。


恨みはいろんな形で頂きましょう。

散々に勉強にさせて貰った。

とか。

自分にとって良い方に転がして。

相手を利用したことにしたり。

恨みはいろんな形で頂きましょう。

言い訳無駄!!

○○への恨み。

こんな形で頂きました!!



罪の本質は「神への反抗」です。

何が善で何が悪であるかは自分で決めるという態度は。

自らを神とすることです。

原罪。



高慢は暴言や否定の罪を帯びるでしょう。

物欲(貪欲)は行き過ぎた欲によって自分と他人の生命を危険に晒すでしょう。

ねたみ(嫉妬) は最後には憎しみに変化してその人を何らかの形で殺しにかかるでしょう。

憤怒は直接人に危害を加えるでしょう。

色欲(肉欲)は強姦や逆レイプによって性の罪を背負うでしょう。

貪食は食べ物を汚し、食物から嫌われるでしょう。

怠惰はいずれ身を滅ぼすでしょう。



法律とは平和の法である。


法律は自然に出来たもの。

司法は人が人を裁くのではなく。

法律が人を裁きます。

法律は自然にできたもの。

天のことわりにかなっています。


法律とはいかなる暴力の禁止令である。


この世は神の法と法律の二段構えです。

くれぐれも自分を裁いてはいけません。


社会のルールとかは。

実害に対処するように出来ています。

1度ルールを熟読したら。

愚かな行為だけ裁かれると思ってください。

理解が早いですよー。


法律による処罰は。

ルールではなく。

社会を一か所でも破壊した報いですね。

人の世界を壊したから。

罰が与えられるのです。


法律は神が立てた権威の一部です。

法律は人が自分の世界を守れるように。

神が制定可能にしたものでした。


警察官は犯罪者を捕まえることで。

犯人に住み着いた悪からその人を救っているのでしょう。

同時に被害者の無念も晴らしているのでしょう。

性善説では無いですね。

人について知り尽くしているから。

あの対応ができるのだと思います。




裁判員制度は自分勝手に作られた法案で。

自然のものではありません。

ですから。

「イエスは人を裁くなと言われた。」

「私はキリスト教を信じているので人は裁きません。」

と通告すれば裁判員収集を回避することができます。

もしそれを不当だと言い張るのなら。

人が人を裁いたワケですから。

不当だと言った人は裁かれます。

神が黙ってはいません。


神の統治。



コラム。

〜殺人犯を眺めて〜

人を殺すことだけが解決ではありません。

適当に当たり散らして。

気を晴らしたり。

金銭で買収したり。

和解を持ちかけて解決したり。

いまの時代は。

神様の力をお借りできます。

人を殺す以外にも。

解決策はいくらでもあるのです。

誰もその現実に気づきません。

犯罪者になりたくなかったら。

これを覚えておきましょう。

殺人犯はこれを知らない。



自分も間違うことがある。

相手も間違うことがある。

お互い様。


真面目は道徳。

でも。

真面目過ぎるのは良くありません。


謙虚は道徳。

謙虚は神聖。


自衛は義務。


不道徳なおこないをしないだけで。

幸福は永続する。


これを見ているあなたにも。

命の権利があります。

ひとり残らず。

どんなひとでも。

命の権利があります。

自分は該当しないなんて思いますと。

神は無理にでも命の権利があなたにもあると。

認めさせます。

すべてのひとには幸福に生きる権利があります。



武田信玄が京に上り。

天下に号令する願望を実行しました。

同盟を結んでいた今川に攻め込んだのですが。

今川氏真はこれはけしからんと。

北条と手を組んで。

武田領内に送る塩をすべて止めてしまいました。

塩がないと生きていけないと困り果てたところ。

上杉謙信が塩のルートを解放してくれて。

助けてくれました。

武田信玄と上杉謙信は4回も戦った仲なのですが。

上杉謙信の人格が見て取れます。

これを「敵に塩を送る」と呼びます。


上杉謙信が塩止めを聞いて。

「塩止めとは、なんと卑怯な。」

「我々が争うのは弓矢であって、塩ではない。」

と発言した記録があるそうです。


ある日。

織田信長が家来と共に道を歩いていると。

乞食のような人が道の外れに座り続けていました。

信長が「あの者はどうしたのか?」と農民に尋ねると。

「あの者は先祖の犯した罪で立てなくなってしまったのです。」と答えました。

信長はすぐに。

「あのままではいけない。」

「小屋を作って毎日なにか食べさせてやれ。」

「村の者があの者の世話をするように。」

と農民に命じました。

実話です。


ポルトガル人が二条城を訪問したときのこと。

信長に会ったポルトガル人は。

信長から。

「こんな遠くに来てお前の家族は心配しないか?」

と言われました。

実話。


晴信(武田信玄)が26歳のとき。

五五か条の甲州法度(法律)を制定しました。

最後の第五五か条によると。

「わたしがこの法度に違反したり。」

「また、この法度に間違っているところがあれば。」

「だれでも投書せよ、すぐあらためるであろう。」

と書かれておりました。

実話。



暴走するトロッコのレールの先に5人がおり。

逃げる暇はない。

途中で分岐があり。

その先には1人がいる。

テッドは線路の分岐を切り替えることができる。

切り替えれば5人は助かるが1人は死ぬ。

テッドがポイントを切り替えることは道徳的に見て許されますか?


暴走するトロッコのレールの先に5人がおり、逃げる暇はない。

レールの上に橋が架かっており。

テッドはその上にいる。

テッドの隣には太った人がいて。

その人を突き落とせばトロッコは止まる。

テッドがその人を突き落とすことは道徳的に見て許されますか?


以上がトロッコ問題ですが。

トロッコ問題は不道徳な質問です。

悪を強いるかのような。

そんな内容で非道です。

トロッコ問題とは悪である。





愚者は天罰を恐れないのでしょうか?



何か悪いことをしてしまったかな?

と思ったら。

処遇を神に任せましょう。

自分を裁いてはなりません。




もし良ければ。

八百万の神々に。

「○○への復讐をお願いします。」

とお願いしてみてください。




食べ物は自然から頂いたもの。

人は自分の力で食べ物を生み出すことができません。

自然から食物を得ます。

野菜も肉も。

もちろん米も。

自然が人に与えたものです。

食べ物を大切にする人は。

一生飢えることはありません。

可能な限り食べ物を大事にして。

努力しましょう。

食べ物を軽んじる人は食物に嫌われますよ。


聖書の言葉。

食物は腹のためにあり。

腹は食物のためにあります。



「平等」

個人の資質、能力、努力、成果に関係なく。

一定の規則通りに遇するシステムとなっていること。


「公平」

すべての人に対し、機会が均等に与えられており。

成果を上げた者が評価され。

報われるシステムとなっていること。



いくら人類が愚かだと言いましても。

世界には正しい人が何億人といらっしゃることを。

忘れちゃダメ!


人は。

神のように振る舞う習性がある。



性悪説。

人の思うものはすべて悪で。

悪いことを常に思う。

それでも善であろうとし。

己の愚かさと戦い。

時に。

自身の悪に勝ち。

善人となる。

善人になったその先でさえ。

愚かさと戦い。

時に勝ち。

時に負ける。

こうして人は道徳的な生き物へ。

少しずつ還っていく。



人間の本質は悪だから。

自分の中の悪に打ち勝って。

善良さを勝ち取ろう。

これが完成された性悪説です。


自分の中の悪に負ければ。

苦しみのあまりに絶命するでしょう。

あなたは愚か者として葬られてしまう。

それでもなお。

自分の悪と戦い続け。

いつの日か。

あなたは善良さを勝ち取る。



人の本性は神だから。

自分の本性に従って。

悪いことをせず。

悪いことを嫌い。

自分の本性に忠実になりましょう。

これが完成された性善説です。


人の本性である神に背けば。

苦しみになります。

死を迎えることもあるでしょう。

それでも改心によって。

自分の本性である神に戻れば。

その苦しみから解き放たれ。

神聖な存在へと。

還ることができるのです。



人は神にはなりません。

神になろうと思ってはいけません。

人のあるべき方向性を間違えています。


自分の間違いを知りたいのなら。

神様に申し出ましょう。

神様はあなたの間違いを。

とても優しく教えてくださいます☆


七つの罪源は罪を犯す元凶です。

七つの大罪のうち。

どれかひとつでも持っていれば。

罪を犯します。


あなたは事前に知ったおかげで。

この世の苦しみから逃れることができるのです。




自分のやっていることは本当に正しいのか?

それを知りたいのでしたら。

遠慮なく神様に査定して貰ってね。

あなたの大切な勉強になりますよ☆




罪悪感に駆られましたら。

神様に謝罪してください。

神様は喜んで聞いてくださいます☆


神道は神様に教えてもらうスタイルです。

神様に道徳を教えてもらいましょう。

それは愚かさからの解放です。



あなたがたは神の神殿であり。

神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。

もし、だれかが神の神殿をこわすなら。

神がその人を滅ぼされます。

神の神殿は聖なるものだからです。

あなたがたがその神殿です。

(コリント人への手紙T-3-16-17)


絶対に罪を犯さない方法。

「人を苦しめないこと。」

人を苦しめてしまったら。

神棚でいいので。

神様にお詫びすること。



彼らは神の義を知らず。

自分自身の義を立てようとして。

神の義に従わなかったからです。

(ローマ人への手紙10-3)




しかしイスラエル人は。

義の律法を追い求めながら。

その律法に到達しませんでした。

(ローマ人への手紙9-31)


なぜでしょうか。

信仰によって追い求めることをしないで。

行いによるかのように追い求めたからです。

(ローマ人への手紙9-32)




神の律法。


この世には義の律法が存在するのです。


国語辞典。

道徳。

人の踏み行うべき正しい道。